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あしたをのぼって

少しズレてることでも意外にも君には響いていたりして

キラ・ヤマトの不殺に思うこと

さてさて

今回から早速いろいろ書いていきたいと思います

 

最初何書くか迷ったんですが、手始めにガンダムシリーズから。僕のTwitterのアイコンがガンダム種死ということでその前作のSEEDからとっついていきたいと思います

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SEEDに関しては書きたいテーマが多くあるんですが、今回の記事で注目するテーマは主人公キラ・ヤマトの『不殺』。これについて書きます

 

まず初めに書いておきますが、僕はどちらかというとSEEDはアンチに近いです

魅力的な人物はいたりオマージュながらも独特の展開を見せたりと良い部分はあるんですが、それ以上に腑に落ちないことが多くて…それを踏まえた上でよろしく

それと作品の説明やあらすじは省きます、どこかで調べてきてね

 

さて、今回は『不殺』がテーマなんですが、このSEEDという作品の中で主人公のキラは敵のパイロットを殺すことを極力避けていました。例えばフリーダム初搭乗シーンでも、デュエルをあえてコックピットを狙わず切り倒す演出がありましたね

 

僕はこのキラの不殺の姿勢にどうも違和感を覚えるんですね。「いや、殺せよ!」とさえ思う

じゃあこの違和感は何だろう。そう思って不殺について考えて1番最初に思い浮かんだのが『るろうに剣心』です

 

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るろ剣における剣心の不殺の信念については僕は違和感なく受け入れられてます

では剣心とキラの不殺は何が違うのか

 

1つ目のポイントは「過程の描き方」

剣心は戊辰戦争で多くの人を殺しさらには最愛の巴まで殺してしまったその罪の意識や過去との決別から不殺の信念を持ちます

剣心の不殺は作品のメインテーマの1つで多くの敵が不殺を否定したり自身も不殺と向き合ったりするシーンが物語全体を通してありました

また、不殺を決意するまでの話も追憶編として長く明確に描いており、受け取り手が納得できる物語の描き方となっていました

 

一方でキラはというと人を殺すことの恐怖や葛藤について描かれたシーンは見られなかったように思えるのです

キラの葛藤はナチュラルからの差別や戦争をすることへの恐怖が中心であり、人を殺すという罪の意識や恐怖に苛まれている印象はありませんでした

そして前触れもなくキラは不殺を決めて戦闘に臨んでいます。バルドフェルトとの戦闘でもラゴゥを撃破して敵を殺してしまったことを嘆いています

キラがパイロットを殺すかどうかは作品の大きなテーマではないので確かに深く掘り下げる必要はないかもしれません。しかし、戦争という状況下において相手を殺せる能力を持ちながらも不殺を行うキラは一視聴者から見ればどうしても傲慢に映ります

不殺という戦争の基本に反した行動を取り敵を殺したことを嘆くような演出を取るなら、そこに至るまでの過程を明確に描くことが作品としてあるべき形なのではないでしょうか

 

さらには上でも触れましたが、2つ目のポイントは「環境の違い」

るろうに剣心の舞台は明治。戦争が終わった後の太平の世ではかつての剣豪である剣心もただの流浪人。剣心が人を殺す必要性は必ずしもありません

また、剣心と戦う相手は主に剣心の命を狙う者が多く、戦闘形式は1対1が基本です。

剣心が敵を戦闘不能にすればそこで戦闘は終わり。十本刀の張のように捕らえられたり黒笠の刃衛のように自害したりと様々ですが、少なくとも他の人の命がすぐに脅かされるような状況は回避しています。また、1対1形式の戦闘のため、倒した敵自身の命もある程度は保証されています

一方でガンダムSEEDの舞台は戦争の真っ只中。キラは元は民間人とはいえ物語の大半はガンダムパイロットであり軍人と言ってもいいでしょう。戦場という場で敵を殺すのは軍人なら当然のことであり、殺せる敵をわざと撃ち漏らすのは軍人にはあるまじきことです

そしてキラが敵と戦うのは戦場。キラが不殺の意志を持って敵を生かしたところで他の味方が殺すのは想像に易いことです。そのような環境で敵の戦闘能力を奪い戦場に放置するキラの行為が真に敵の命を生かすことになるのかは甚だ疑問です

時代という大きな環境と戦いの形や場という小さな環境。この2つにおいて2作品の違いは明確にあると思います

 

そして3つ目のポイントは「不殺の質」

剣心は左之助、蒼紫、宗次郎などのライバルに対して戦いの中で「語りかけ」をしています。それはただ力でねじ伏せるのではなく、彼らの心を変えることに目的があります。仲間の死や虐待の記憶から心を歪めてしまった彼らを、戦いを通して更生しようとしているのです。ここに不殺の価値を見出すことができます。命を闇雲に奪うのではなく、心を変え新たな生へと踏み出させる、そのためにある「不殺」なのです。剣心の不殺は「殺したくない」という個人のこだわりを超え戦う相手の人格のためにあると言えるでしょう

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対してキラの不殺は個人のこだわりの範疇を出ていません。剣心のように戦闘における人格的交渉をキラはほとんど行っていないのです。ガンダムシリーズではよく舌戦やニュータイプ同士のオカルト空間での交流が定番となっているのですが、キラはそれさえも行っていません。キラの不殺はまさに自らの手を汚したくないという思いだけを端緒に出たものだと言わざるを得ないでしょう

 

いかがでしょうか。結論としては、戦場で殺しをしないという矛盾を抱えながらそれに対して物語で触れず、過程や葛藤などの描写もないまま不殺だけが目立つことで、キラの行動が傲慢で薄っぺらくなってしまうことが問題だと思います

 

まとまりがなくなってきたのでここまで

説明が足りない部分や納得できないところもあるとは思うけど論文ではなく個人の感想なので許してね

散々書いておいて何ですがガンダムSEED、楽しめる作品なので1度は観てみては?

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次回のテーマや更新は未定です

それでは〜